赤ちゃんを守る最強の盾がついに登場?RSウイルスの新薬「ベイフォータス」を医師が本音で解説
最近、急に寒くなってきましたね。小児科の待合室にいると、季節の移ろいを肌で感じます。咳き込むお子さんの背中をさするお母さん、お父さんの姿を見るたび、なんとかしてあげたいと心がきゅっとなります。
今日は、そんな冬の嫌な予感を吹き飛ばすかもしれない、ある「新しい希望」についてお話ししようと思います。その名も「ベイフォータス」。なんだか強そうな名前でしょう?これ、RSウイルスという厄介な敵から赤ちゃんを守る、新しい予防薬なんです。
RSウイルスとは?
RSウイルス。これを聞いて「ドキッ」とする親御さんも多いはず。ほとんどのお子さんが2歳までにかかる風邪ウイルスなんですが、特に生まれて間もない赤ちゃんがかかると、ゼーゼーして呼吸が苦しくなり、入院が必要になることもある怖い病気です。
従来のRSウイルス対策:シナジス
これまで、このRSウイルスと戦うための武器は「シナジス(一般名:パリビズマブ)」というお薬が主流でした。このシナジスはずいぶんと活躍してきました。でもこれ、ちょっとだけ弱点があったんです。
それは「効き目が短い」こと。
シナジスは、いわば「一時的な盾」です。RSウイルスの流行シーズン中、赤ちゃんは毎月1回、筋肉注射を打たなければなりませんでした。毎月ですよ?そのたびに小さな太ももに針を刺す。
しかも量が多いんです。体重が増えるほど、量が増えますので、両足にうつようになります。
インフルエンザワクチンでは0.5mlですが、最大、その倍の1.0mlもの量を小さな赤ちゃんの太ももに接種するのです。
泣き叫ぶ赤ちゃん、それを抑えるお母さん。打つ側の私たち医師だって、毎回心が痛みます。「ごめんね、これで強くなれるからね」と声をかけながら、必死で打っていました。
RSウイルスに対する新たな予防薬:ベイフォータス
ところが、今回の新薬「ベイフォータス(一般名:ニルセビマブ)」は違います。
なんと、1回打てば、ワンシーズン(約5〜6ヶ月)ずっと効果が続くんです。
えっ、魔法?って思いますよね。でもこれ、最新の科学技術の結晶なんです。難しい言葉でいうと「YTE変異」という技術が使われています。
例えるなら、シナジスが「雨に濡れるとすぐボロボロになる段ボールの盾」だとしたら、ベイフォータスは「壊れても自動修復してリサイクルされるチタン合金の盾」みたいなものです。体の中で薬が分解されそうになっても、「おっと、まだ仕事中だよ」と血管の中に戻ってくるような仕組みになっているんです。だから、たった1回の注射で、冬の間ずっと赤ちゃんを守り続けてくれる。これは革命的です。
ベイフォータスの現状と課題
さて、ここまでは「すごい薬が出た!」という明るいニュース。でも、ここから先は少しトーンを落として、日本の現状について正直にお話しなければなりません。
実は、このベイフォータス、海外と日本で扱いが大きく異なる可能性があるんです。
アメリカやヨーロッパでは、「生まれたばかりのすべての赤ちゃん」に打つ方向で動いています。なぜなら、RSウイルスで重症化するのは、持病のある子だけじゃない。元気いっぱいに生まれた子だって、入院のリスクがあるからです。だから「全員守ろう!」というスタンス。これをユニバーサル・プロフィラクシス(普遍的予防)と呼びます。
日本におけるベイフォータスの位置づけ
じゃあ、日本はどうなのか。2024.5に発売されてから今では大学病院のNICUでほぼ100%使われています。
今の時点では今まで通り「早産児や心臓病があるハイリスクな子だけ」にするそうなんです。
薬の値段もすごく高い。日本の財源で全員分をカバーできるのか?供給量は足りるのか?謎がいっぱいです。
最初の保険適応は早産児とハイリスクなお子さんへの投与が中心になるでしょう。
早産児については、NICUを退院する前に1回接種すればOKです。
たぶん、かかりつけ医が担当するとしたら、ダウン症や、心臓病などのハイリスクのお子さん、またその2シーズン目のRS予防が基本となると思います。
海外で接種1回目したので日本でも2シーズン目をやりたい、というご家族もいるでしょうが、自費診療でも受けてくれるのはごくわずかでしょう。
RSウイルスに対するもう一つの選択肢:アブリスボ
さらにややこしいことに、RSウイルス予防には、お母さんが妊娠中に打つワクチン「アブリスボ」というのも登場しています。
お母さんが抗体を作って、赤ちゃんにプレゼントする方法ですね。
ベイフォータスとアブリスボ、どちらを選ぶべき?
「じゃあ、どっちを選べばいいの?」 「両方打つ必要はあるの?」
そんな声が聞こえてきそうです。基本的には「お母さんがワクチンを打つ」のも「赤ちゃんにベイフォータスを打つ」も、両方やって大丈夫です。保険の二重加入みたいなものですからね。
まとめ:予防の選択肢が増えたことの意義
私たち現場の医師も、新しい情報が出るたびに「おっ、こう来たか」と対応をアップデートしている最中です。でも、確かなことが一つあります。それは「予防の選択肢が増えた」ということ。これは間違いなく朗報です。
これまでは「気をつける」しかなかった冬の不安に、科学の力が追いついてきました。詳細が決まり次第、またこのブログや診察室で皆さんにお伝えしますね。
わからないことは、いつでも診察室で聞いてください。一緒に、お子さんにとって一番良い方法を考えていきましょう。冬はこれからが本番ですが、みんなで乗り越えていきましょうね。
