えっ、アメリカの10倍?赤ちゃんの命を守る薬の「値段」と、壊れそうな日本の医療の話。
今日は診察室での会話を少し離れて、私がNIKKEI MEDICALのニュースを見ていて、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった……いや、正直に言うと、椅子から転げ落ちそうになるくらい驚いた話をさせてください。 みなさんは、「RSウイルス」って聞いたことありますか? 保育園や幼稚園に通うお子さんがいるご家庭なら、一度は耳にしたことがあるかもしれませんね。大人にとっては「ただの鼻風邪」で済むウイルスなんですが、生まれたばかりの赤ちゃんにとっては、これがとんでもない「モンスター」になり得るんです。
赤ちゃんを襲う「RSウイルス」という脅威
まずは、この敵について少しお話ししましょう。
RSウイルスは、呼吸器(のどや肺)に感染するウイルスです。
大人がかかると、「鼻水が出るなー、喉が痛いなー」くらいで終わります。でも、1歳未満の赤ちゃん、特に生まれて数ヶ月の小さな体にとっては、細気管支炎や肺炎を引き起こす、とても怖い病気なんです。
どれくらい怖いかと言うと、アメリカのデータですが、1歳未満の子が入院する確率は、インフルエンザのなんと約19倍。
「冬の風邪でしょ?」なんて軽くは見られない、小児科医としては常に警戒レベルMAXの相手なんです。
RSウイルス感染症の治療と新薬「ベイフォータス」
このRSウイルス、特効薬はありません。
これまでは「シナジス」という、ウイルスの抗体(敵を倒す武器)を注射する方法がありました。でもこれ、月に1回、流行シーズン中に何度も打たなきゃいけない。しかも、保険が効くのは早産児や心臓に病気がある子などに限られていました。
そこに現れたのが、新しい救世主「ベイフォータス」です。
これのすごいところは、「1シーズンに1回打つだけでOK」という持続力。忙しいパパママにとっても、痛い思いをする赤ちゃんにとっても朗報です。
「先生、すごい!それならみんな打ちたいですよね!」
そう思いますよね。私もそう思いました。
でも、2024年5月に日本で発売されたこの薬の値段を見て、私は目を疑いました。
体重5kg以上の赤ちゃんが使う量(100mg)の薬価、なんと約90万円。
「きゅ、90万円!?」
はい、私も同じ反応です。小さい車が買える値段です。保険が効かない健康な赤ちゃんに、自費で気軽に打てる額ではありません。
ベイフォータスの価格の謎:高知県須崎市の事例から
そんな中、こんなニュースが飛び込んできました。
「高知県須崎市、希望する乳児全員にベイフォータスを無料提供」
……え? 90万円もする注射を? 全員に? 無料で?
須崎市、もしかして石油でも掘り当てたのでしょうか?
市の予算を心配して調べてみると、からくりが判明しました。どうやら製薬会社が、須崎市に対してだけ、「欧米並みの価格」で卸しているようなのです。
ここで、さらに衝撃の事実をお伝えしなければなりません。
実はこの薬、アメリカではいくらだと思いますか?
約90万円……ではありません。
約7万4000円(約520ドル)です。
お気づきでしょうか。
日本での値段は、アメリカの10倍以上なんです。
日本の医療費:海外との比較と問題点
例えるなら、こうです。
アメリカのスーパーで1本100円で売っているミネラルウォーターが、日本のコンビニに並んだ途端、中身は全く同じなのに「1本1,000円です」と言われているようなものです。
「輸送費がかかるから?」
いえいえ、10倍もの差がつくはずがありません。
なぜこんなことになったのか。おそらく、日本で以前から使われていた古い薬(シナジス)があり、シナジスの1年間にうつ本数に合わせて価格設定がされたのだと考えられます。
ここで、小児科医として、そして日本の医療を守りたい一人の人間として、強い危機感を覚えます。
私たちは「国民皆保険」という、世界に誇る素晴らしいシステムを持っています。お子さんの医療費が窓口で無料だったり、安かったりするのは、みんなで保険料を出し合って支えているからです。
しかし、もし製薬会社が「日本は保険制度がしっかりしているから、高い値段をつけても国が払ってくれるだろう」と考えているとしたらどうでしょう?
アメリカで7万円の薬に、日本の保険から90万円が支払われる。その差額は、私たちが一生懸命働いて納めた保険料や税金から出ていくのです。
これは、日本という国全体が「いいカモ」にされていると言えなくはないでしょうか?
日本の医療の未来のために:私たちにできること
もちろん、新しい薬を開発してくれた製薬会社には感謝しています。研究開発には莫大なお金がかかることも理解しています。
でも、同じ薬なのに国によって10倍も値段が違うというのは、どうしても納得がいきません。
こんな状態が続けば、いつか日本の保険制度は破綻してしまいます。「高すぎるから、この薬は日本では使えません」なんて未来、誰も望んでいませんよね。
須崎市での取り組みは、「本当はもっと安く提供できるんだよ」ということを証明してくれました。
国には、ぜひこの薬の値段を見直してほしい。そして、私たちの大切な保険料が、適正に使われるように監視してほしいと強く願います。
難しい話をしてしまいましたが、私たち大人がこの「おかしな現実」を知っておくことが、子供たちの未来の医療を守る第一歩になると信じています。
赤ちゃんの健康を守る最良の方法を選びたい。
でも、それが日本の医療制度を壊すことになってはいけない。
そんなジレンマを感じながら、今日も私は診察室に立っています。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
少しでも「へぇ〜」と思ったら、周りのパパ友・ママ友にも教えてあげてくださいね。
