命を守る指導が、なぜ訴訟に? 小児科医が解説する「SIDS予防」と「赤ちゃんの頭のかたち」問題
子育ては本当に喜びが多いものですが、「これで大丈夫かな?」と心配になること、たくさんありますよね。特に、赤ちゃんの寝かせ方や頭のかたちについては、ご相談も多いテーマです。
最近、高知市で「助産師さんの指導で子どもの頭が絶壁になった」として、ご両親が市などを訴えた裁判のニュースが、子育て世代の皆さんの間で大きな話題になっています。命を守るための正しい指導が、なぜ法廷で争われることになったのか——。
今日は、小児科医としての私の経験や、恩師から聞いたエピソードを交えながら、この「SIDS予防と頭のかたちのジレンマ」について、一緒に考えていきましょう。
SIDS(乳幼児突然死症候群)とは?命に関わる重大リスク
まず、今回の裁判の背景にある、最も重要なテーマからお話しさせてください。それはSIDS、正式には「乳幼児突然死症候群」です。
これは、「元気だった赤ちゃんが、睡眠中に突然亡くなってしまう」という、原因不明の恐ろしい病気です。私も小児科医として、SIDSのリスクをゼロにするために、ご両親への指導には特に力を入れています。
厚生労働省をはじめ、世界中の医療機関がSIDS予防のために強く推奨していることがあります。それが、
- 「仰向け寝」にする
- 「硬めの布団」に寝かせる
- 「顔の周りに物を置かない」
という3つの基本ルールです。今回の裁判で問題になっている助産師さんの「硬い布団指導」は、まさに「赤ちゃんの命を守るための国際的な、そして医学的に正しい指導」だったわけです。
SIDSは医療者にとって最優先で避けたい事態なのです。
赤ちゃんの頭の形:絶壁になる原因と頭蓋骨のヒミツ
SIDS予防の基本がわかったところで、次に「頭のかたちの問題」に移りましょう。
「絶壁頭」とか「後頭部がぺったんこ」と聞くと、心配になりますよね。医学的には、頭の後ろが平らになることを短頭症、左右どちらかが歪むことを斜頭症などと呼びます。
赤ちゃんの頭は柔らかい粘土?
生まれたばかりの赤ちゃんの頭蓋骨は、大人と違ってとても柔らかい粘土のようなものだとイメージしてください。複数の骨がまだ完全にくっついておらず、「可塑性」が高い状態なんです。
| 可塑性とは? | 力を加えると形が変わり、その形を保つ性質のこと。粘土やガムをイメージするとわかりやすいですね。 |
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つまり、長時間同じ向きで寝ていたり、硬い布団で同じ場所に圧力がかかり続けたりすると、その圧力で頭の形が平らになってしまうことがあるんです。
見た目だけではない?頭の形が及ぼす影響
昔は「そのうち治るよ」と言われることも多かったのですが、最近では「重度の変形」は見た目だけでなく、まれに耳の位置のずれや顎のずれに影響する可能性も指摘されています。
そのため、生後3か月から1歳くらいまでの間に、専用の「ヘルメット治療(頭蓋形状誘導療法)」を受けるご家族が急増しています。治療費は数十万円と高額ですが、「将来コンプレックスになったら…」と考える親御さんの気持ちも、小児科医としてよく理解できます。
SIDS予防と頭の形:命と形の難しいジレンマ
では、今回の裁判の核心です。命を守る指導と、頭のかたちへの懸念が、なぜこんなにも対立してしまったのでしょうか。
私自身、長年、SIDS予防の重要性を説明しつつ、一方で「頭のかたち」の相談も受けてきたので、このジレンマは本当によく分かります。
医療者の「正しさ」と「説明責任」
助産師さんの指導は、SIDS予防の観点から「正しい」ものでした。これは間違いありません。命を最優先するのは、医療の基本中の基本です。
しかし、親御さんが求めていたのは、「命を守りながら、できるだけきれいな頭のかたちも守りたい」という気持ちだったのかもしれません。
ある先生が話していた逸話があります。あるご両親にSIDS予防の指導をしたところ、「先生、わが子は頭の向き癖が強くて、絶壁になりそうで心配なんです」と尋ねられたそうです。
その時、先生は「SIDS予防は絶対です。でも、頭の変形を防ぐために、『親御さんが見ているときに、こまめに頭の向きを変えてあげる』ことや、『向き癖対策のクッションを、大人の目が届くところで使う』といった工夫もできますよ」と伝えたそうです。
「リスク低減のための正しい行動」と「その行動の過程で生じる可能性があるリスク(絶壁など)」、そして「そのリスクを最小限にするための具体的な工夫」をセットで伝えること。
医療者には、たとえ命に関わらないことであっても、「説明責任」がどこまで求められるのか。今回の裁判は、その線引きを私たち医療者にも突き付けているように感じます。
ご両親ができること:小児科医からのアドバイス
このニュースを通して、皆さんが「じゃあ、私たちはどうしたらいいの?」と感じるのは当然だと思います。
ユアクリニックお茶の水として、ご両親にお伝えしたいのは、以下の3つのポイントです。
1. SIDS予防の3原則は絶対に厳守!
「仰向け寝」「硬めの布団」「顔の周りに物を置かない」。命に関わることですから、これは最優先です。夜間、親御さんが眠っている間は特に厳守しましょう。
2. 赤ちゃんの頭の形を意識的に観察する
赤ちゃんの頭は、生後数か月が形が変わりやすい時期です。
- 「いつも同じ方向ばかり向いて寝ていないかな?」
- 「頭の一部分だけが平らになってきていないかな?」
と、毎日の抱っこやおむつ替えのときに意識して観察してみてください。
3. 気になることは遠慮なく小児科医に相談!
「頭のかたち」について心配になったら、私たち小児科医にすぐに相談してください。「短頭症かな?」「斜頭症かな?」と医学的な視点で判断し、向き癖の治し方やヘルメット治療が必要かどうか、適切な専門医への紹介も含めてサポートします。
スマートフォンで情報を調べるのは素晴らしいことです。でも、「ネットの情報」と「目の前のわが子の状態」を照らし合わせて、「どう行動するか」を決めるのは、ご両親の役割です。私たち医療者は、そのための専門的なサポート役です。
今回の裁判は、私たち医療者と、子育てをするご家族との「より良いコミュニケーションのあり方」を問い直す、大切な機会だと受け止めています。
命を守り、そしてお子さんが自信を持って成長できるようなサポートを、これからもユアクリニックお茶の水は続けていきます。何か不安なことがあれば、いつでも頼ってくださいね!
※この記事の公開は、医療広告ガイドラインに則り、特定の治療の効果や安全性を保証するものではありません。SIDS予防に関する指導内容や、頭の変形に関する治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください
