夜泣き、イライラ、眠れない…体内時計の修理屋さんは「漢方」だった?
今日のテーマは、私たち現代人が抱える永遠の課題、睡眠と体内時計についてです。
診察室で毎日多くのお母さんやお父さんとお話していると、本当に皆さん、お疲れだなと感じることがあります。
「うちの子、夜いつまでも起きていて寝てくれないんです」
「私自身も、疲れすぎているのに目が冴えてしまって…」
そんな悩みを聞くたびに、私は「わかるなあ」と心の中で深く頷いてしまいます。実は医者である私自身も、当直や学会の準備で生活リズムが崩れ、「眠りたいのに眠れない」という辛さを味わった経験があるからです。
体内時計(サーカディアンリズム)とは?
人間には本来、24時間周期のリズム、いわゆるサーカディアンリズム(概日リズム)が備わっています1。これは、体の中にあるオーケストラの指揮者のようなもの。
「はい、朝ですよ、活動開始!」
「もう夜です、お休みモードに入ってください!」
と、体温やホルモンの指揮を振っているんですね。
この指揮者が使うもっとも重要な合図がメラトニンというホルモンです。これは別名、睡眠ホルモン。夜になると脳の松果体という部分から分泌され、体を「夜モード」に切り替えてくれます。
ところが、現代社会はこの指揮者を惑わすもので溢れています。夜遅くまで明るいコンビニ、寝る直前まで見つめてしまうスマートフォンのブルーライト。これらが「まだ昼間だぞ!」と偽の合図を送るせいで、メラトニンの分泌が抑制され、リズムがガタガタになってしまう。これが、いわゆる概日リズム睡眠・覚醒障害の正体の一つです。
概日リズムを整える漢方薬「抑肝散加陳皮半夏」
そこで興味深い研究をご紹介しましょう。
実は、「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」という漢方薬に、この乱れたリズムを整える助けになるかもしれない、というデータがあるのです。
マウスによる実験
株式会社ツムラの研究員たちが、マウスを使って実験を行いました。
まず、マウスに10時間の時差ボケ(昼夜逆転のような状態)を作ります。人間でいうと、日本からヨーロッパへ急に移動したような状態ですね。
そして、以下の4つのグループに分けて観察しました。
- 水だけ飲んだグループ(対照群)
- 睡眠薬(ラメルテオン)を飲んだグループ
- 抑肝散(よくかんさん)を飲んだグループ
- 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)を飲んだグループ
すると、驚くべき結果が出ました。
抑肝散加陳皮半夏を飲んだグループのマウスは、水だけのグループに比べて、新しい昼夜のリズムに適応するのが明らかに早かったのです。
グラフを見ると、ただの抑肝散よりも抑肝散加陳皮半夏の方が、リズムの戻りがスムーズである傾向が見て取れます。
なぜ効果があるのか?
なぜこんなことが起きたのでしょうか?
研究チームが血中のメラトニン濃度を測ってみると、抑肝散加陳皮半夏を飲んだマウスは、消灯(夜になった)1時間後のメラトニン濃度が、他のグループより高くなっていました。
ここが面白いポイントなのですが、試験管内の実験(in vitro)では、この漢方薬自体がメラトニンの代わりとして受容体にくっつくわけではないことがわかりました。
つまり、外からホルモンを補充したのではなく、「自分の体からメラトニンが出る力を後押しした」と考えられるのです。あくまで自然に、体が自分でリズムを取り戻すのを手伝ってくれた、というわけですね。
抑肝散加陳皮半夏の効能と注意点
漢方薬というのは奥が深いものです。
抑肝散加陳皮半夏は、もともと抑肝散という処方に、胃腸を整える陳皮(ちんぴ)と半夏(はんげ)を加えたものです。
効能としては、体力が少し低下していて、神経過敏でイライラしたり、眠れなかったりする人に適しています。小児の夜泣きや疳(かん)の虫にもよく使われます。
抑肝散よりも、さらに体力が落ちていて、症状が慢性化しているようなタイプに合うとされています。
疲れ切っているのに、神経だけが張り詰めてピリピリしている。そんな状態、大人でも子供でもありますよね。
服用時の注意点
もちろん、薬ですので注意点もあります。
甘草(かんぞう)という生薬が含まれているため、長く飲みすぎたり、他の漢方と重複したりすると、偽アルドステロン症といって、血圧が上がったりむくんだりする副作用が出ることがあります。
だからこそ、自己判断ではなく、私たち医師に相談してほしいのです。
医師からのメッセージ
この研究はマウスでのデータではありますが、「体内時計の夜」を体がしっかり認識できるようにサポートしてくれる可能性を示唆しています。
無理やり眠らせるのではなく、リズムを整える手助けをする。
これは、小児科医として子供たちの自然な成長を見守る私のスタンスとも、どこか重なるような気がします。
もし、お子さんの夜泣きや、ご自身のイライラ・不眠でお悩みなら、一度相談にいらしてください。
生活リズムの見直しと一緒に、体質に合った漢方を試してみるのも、一つの解決策かもしれませんよ。
ユアクリニックお茶の水でお待ちしています。
