テレビで話題の「サブクレードK」ってなに?小児科専門医が教えるインフルエンザの正体と正しい向き合い方
こんにちは。ユアクリニックお茶の水、院長です。
寒さが少しずつ本格化してきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。 診察室で毎日多くのお子さんや親御さんとお話ししていると、肌感覚として「社会の空気」が伝わってきます。ここ数日、診察の最後にふと、不安そうな顔でこう聞かれることが増えました。
「先生、テレビでやってるサブクレードKって、新しい強力なウイルスなんですか?」
テレビやネットニュースを見れば、「サブクレードK」というなんだか強そうで、少し不気味な響きの言葉が躍っていますよね。「猛威を振るう」「例年の◯倍」なんて言われると、小さなお子さんを持つ親御さんが心配になるのは当然です。
でも、ちょっと待ってください。 現場にいる一人の小児科医として、私は皆さんにこうお伝えしたいのです。「深呼吸をして、少し冷静になりましょう」と。
今日は、この聞き慣れないサブクレードKという言葉の正体と、私たちが今本当にすべきことについて、診察室での実感も交えながら、ゆっくりお話ししたいと思います。
サブクレードKとは?冷静に知っておきたいこと
いきなり結論から言いますが、サブクレードKは新種のモンスターでも、未知の殺人ウイルスでもありません。
専門的な話になりますが、インフルエンザウイルスは少しずつ形を変えていく性質があります。研究者たちは、その変化の様子を追跡するために、ウイルスを細かくグループ分けして名前をつけています。 例えるなら、これは住所のようなものです。
これまでは「東京都」くらいの分類で話していたものを、研究が進んで「東京都千代田区神田駿河台...」と、より細かい番地まで特定できるようになった、と考えてみてください。 「K」というのは、たまたまその「番地」につけられた記号にすぎません。他にも「J.2」とか「J.2.4」といったグループがある中で、今シーズンはたまたま「K番地」に住んでいるインフルエンザウイルスが一番多かった。ただそれだけのことなのです。
ですから、名前が強そうだからといって、ウイルス自体が急に凶暴になったわけではありません。私たちが診察していても、症状が特別重いとか、薬が効かないといった印象はまったくありません。「ああ、いつもの冬のインフルエンザだな」というのが、偽らざる実感です。
なぜ「大流行」と言われているのか?
でも、ニュースでは患者数がすごいことになっていると言っていますよね。これには2つの理由があります。
ひとつは、私たちの「免疫の貯金」が減っていたこと。 コロナ禍の数年間、インフルエンザはほとんど流行しませんでした。これは良いことのようですが、ウイルスとの接触がなかった分、私たちの体はインフルエンザを忘れてしまっていたんです。 乾いたスポンジが水をぐんぐん吸い込むように、久しぶりにやってきたウイルスに対して、社会全体が感染しやすい状態、つまり「感受性者」が多い状態になっていたんですね。
もうひとつは、メディアの「切り取り方」です。 今年のインフルエンザは、例年より1ヶ月ほど早くスタートしました。 それなのに、ニュースでは「去年の同じ時期」と数字を比べています。スタートダッシュを決めた今年と、まだ寝起きだった去年の同時期を比べれば、数字が何倍にもなるのは当たり前ですよね。 これは、朝型の人が早起きして仕事をしているのを見て、夜型の人と比べて「あいつは異常なスピードで働いている!」と騒いでいるようなものです。少しフェアじゃない気がしませんか?
小児科医が語る「本当のところ」
実際にユアクリニックお茶の水の外来を見ていても、確かに患者さんの数は多いです。でも、次々と重症化して入院が必要になるような、恐ろしい事態にはなっていません。 熱は出ますが、多くの場合は数日で解熱し、元気に回復していきます。
特に印象的なのは、ワクチンの効果です。 「今年はワクチンを打ったのにかかってしまいました」という子もいますが、やはり軽く済んでいる印象があります。一方で、高い熱が長引いて辛そうな子は、ワクチンを未接種だったケースが多いなぁと、電子カルテを見ながら感じることがよくあります。今年のウイルスに対しても、ワクチンはしっかりと仕事をしてくれているようです。
メディアの報道に惑わされないために
私が一番心配しているのは、ウイルスそのものよりも、この情報の「煽り」によって皆さんがパニックになってしまうことです。
「サブクレードK」という新しいカタカナ語を使い、不安をあおるような報道が続くと、どうなるでしょう? 本来なら家で様子を見られる程度の症状でも、「怖いウイルスかもしれない」と不安になり、救急外来に人が殺到してしまいます。特にこれからの年末年始、本当に治療が必要な重症の患者さんが、混雑のせいで適切な医療を受けられなくなること。それが、私たちが一番避けたいシナリオです。
不安を煽るニュースは、一種のエンターテインメントとして消費されがちです。でも、私たちはその「お祭り騒ぎ」に付き合う必要はありません。
私たちができること:確かな対策
では、私たちはどうすればいいのでしょうか? 答えは、とてもシンプルで、ずっと変わらないことです。
粛々と、基本的な対策を続けること。
手洗いやうがい、人混みでのマスクといった基本動作。そして何より、インフルエンザワクチンです。 「型が違うと効かないんでしょ?」と聞かれることもありますが、ワクチンは免疫の土台を作ってくれます。流行が早く始まってしまいましたが、B型インフルエンザの流行も控えていますし、今からでも遅くはありません。
まだ接種されていない方は、ぜひ検討してください。それが、あなたのお子さんを守り、そして地域医療を守る「シートベルト」になります。
大丈夫、過度に怖がる必要はありません。 もしお子さんの具合が悪くなったら、ネットのニュースを見て不安になるのではなく、かかりつけ医の私たちを頼ってください。私たちはいつものように、目の前のお子さん一人ひとりに向き合い、必要な手当てを続けていきます。
年末年始、家族みんなで笑顔で過ごせるように。 情報の波にのまれず、賢く、温かく、この冬を乗り切っていきましょうね。
