「インフルエンザ、あと2日は休まなきゃダメ?」— 科学的根拠と集団生活のルールの狭間で保護者の皆様へ
インフルエンザ出席停止期間に関する考察
鋭いご質問への答え:ルールはなぜ一律なのか?
冬になると、インフルエンザの出席停止期間について、「ワクチンを打ったのに」「もう熱が下がっているのに、なぜあと2日も休まないといけないの?」と、本当に多くの保護者の方からご質問をいただきます。これは、単なる疑問ではなく、共働きが増えた今の社会における、切実な問題だと私は感じています。
結論から申し上げますと、現在の学校保健のルールは、「薬やワクチンの効果にかかわらず、一律の基準」が適用されています。この背景と、私たちが抱えるジレンマについて、今日は少し踏み込んでお話しさせてください。
まず、保護者の方からの非常に鋭いご質問にお答えします。
「学校保健法によるインフルエンザ出席停止期間(発症翌日から5日間+解熱後2日)を決める際、ワクチン接種や抗ウイルス薬の投与の有無は検討されたのでしょうか?」
A. いいえ、検討されていません。
このルールは、文部科学省が定める「学校保健安全法施行規則」に基づいています。根拠となっているのは、過去の疫学的知見、特に2009年の新型インフルエンザ流行時に「発症後3〜5日間が最も感染力が強い」というデータです。
これは、ちょうど「みんなが一番ウイルスをまき散らしている時期」をカバーするために設定された、「集団感染を防ぐための安全策」なのです。
例えるなら、高速道路の制限速度のようなものです。
- 高性能のスポーツカー(=抗ウイルス薬を飲んだ子ども)は、科学的にはもっと早く走れるかもしれません。
- しかし、集団の安全を保つためには、すべての車(=すべての子どもたち)に一律の制限速度(=出席停止期間)を守ってもらう必要があります。
この制限速度は、「個別の臨床経過」(一人ひとりの病状)ではなく、「集団感染防止」を最優先しているため、制度上は抗ウイルス薬を飲んでも、熱がすぐに下がっても、期間短縮は認められないのです。
現場のジレンマ:科学とルールのズレ
ここが、私たち小児科医が最も「うーん…」と感じる部分です。
確かに、抗ウイルス薬(オセルタミビル、バロキサビルなど、よく使う「お薬」のことです)を早く使えば、熱の出る期間や、体からウイルスが出ていく期間(ウイルス排出期間)が短くなることは、多くの研究で示されています。
私自身の個人的な経験や、尊敬する教授から聞いたエピソードでも、発症後すぐに薬を飲んだお子さんが、たった1日で解熱し、翌日には病児保育室で元気に走り回っているケースは、本当に数多く見ています。
しかし、現場で「もう治ったから明日から学校に行って大丈夫ですよ」と私が言いたくても、現在のルールでは「医師の裁量で短縮できる余地はない」とされています。学校側も法令(法律に基づいた規則)に従って判断する義務があるため、私たち医師の「治ったよ」という判断が、地域社会全体で受け入れられるには「確固たるエビデンス(科学的根拠)」が必要になってしまうのです。
世界から見た日本の厳しいルール
知り合いの先生が東京のM区で海外の方や帰国子女を診療していたときのことです。日本のこの厳しい出席停止基準(発症翌日から5日間+解熱後2日)を説明すると、驚きの声をあげられました。帰国したばかりの日本人のお母さんも同様です。
「5日間も仕事を休むなんて、現実的じゃない」
「他の国では、熱が下がれば登校できるのに」
世界的に見ても、国民皆保険で誰もが迅速検査を受けやすい日本だからこそ、逆に「厳しすぎる一律のルール」になっている面があるように感じています。共働きが主流の今、この5日間の休みは、ご家庭にとって本当に重い負担になっていることは、私たちも痛いほど理解しています。
未来への提言:インセンティブ(ご褒美)を考える時期
私は今、こう考えています。
「ワクチンや治療薬をきちんと利用するご家庭に、社会的なインセンティブ(ご褒美)をつけられないだろうか?」
例えば、新型コロナウイルスの登園・登校基準については、ある論文(Impact of Vaccination and Prior Infection on SARS-CoV-2 Viral Load in Preschool Children During the Omicron Pandemic)に基づき、全国病児保育協議会から、「ワクチン接種歴や罹患歴がある場合は、発症から4~5日を目安とする」といった考え方が示されました。科学的根拠を基に、一歩前進した例です。
インフルエンザでも同じです。
「シーズン中にワクチン接種歴がある、または発症後48時間以内に抗ウイルス薬を投与したお子さんは、解熱後2日を待たずに登校できる」といったガイドラインが検討されれば、
- ワクチン接種や早期受診の促進につながる
- 保護者の負担軽減につながる
- 病児保育室のひっ迫解消につながる
と、良いことづくめです。法律の規定には「医師が認めたときはこの限りではない」という余地もあります。この「医師の裁量」を、科学的なデータに基づいて地域社会に受け入れてもらう。それが、私たち小児科医の次の課題だと感じています。
皆様、いかがお考えでしょうか?
これは、「ユアクリニックお茶の水」だけでなく、日本のすべての子どもと保護者、そして社会全体に関わる大きなテーマです。皆様のご理解とご協力が、制度を変える一歩になると信じています。
