真夜中の怪獣?アザラシ?「クループ症候群」の正体と、魔法の薬の話。
こんにちは。ユアクリニックお茶の水の杉原です。昨日、クループ症候群にかかったお子さんを診察しました。
そこでお母様から質問があったんですね。ステロイドを処方されるけれども、顔がふくらんだりといった副作用はないのでしょうか、と。
ああこれはもっともだな、と思いました。使う量がぜんぜん違うので心配はいらないとその場では説明しましたが、やはりお一人が心配になるということは、そのうしろに100人以上心配になっている保護者の方がいるんだろうな、と思いました。
そこで今回の記事をかかせていただきました。
あれは私がまだ研修医だった頃の、ある冬の当直の夜のことです。深夜2時、静まり返った救急外来待合室に、突然「ケン!ケン!」「オォー!オォー!」という、まるでアザラシか、あるいは何かの怪獣のような奇妙な音が響き渡りました。
真っ青な顔をしたお母さんが、ゼーゼーと苦しそうに呼吸をする2歳の男の子を抱きかかえて飛び込んできたのです。
「先生!うちの子が、急に変な声で咳をして、息が苦しそうなんです!」
これが、小児科医なら誰もが一度は冷や汗をかく病気、「クループ症候群」との出会いでした。
慣れてくると、救急外来でもこの音の咳をきくだけで、「あ、クループのお子さんだな・・・」とわかるのですが。
今日は、このちょっと怖いけれど、ちゃんとした知識があれば怖くない病気について、少し詳しく、でも分かりやすくお話しします。
そもそも、クループってなに?
クループ症候群。名前だけ聞くと、なんだか特殊なグループ名みたいですが、これは喉(のど)の奥、空気の通り道が急に腫れて狭くなってしまう病気の総称です。
原因のほとんどはウイルスです。特に「パラインフルエンザウイルス」なんていう、いかにも強そうな名前のやつが悪さをします。こいつらが喉に感染すると、炎症が起きます。
ここで、ちょっと想像してみてください。
皆さんが風邪をひいて鼻が詰まるとき、鼻の粘膜が腫れていますよね?あれと同じことが、息をするための大事な通り道である「喉の奥(気管の入り口)」で起こってしまうんです。
クループ症候群はなぜ2歳児に多いの?
実はこの病気、生後6か月から3歳くらいのお子さん、特に2歳の子に圧倒的に多いんです。
「うちの子も2歳でなりました!」という声をよく聞きます。なぜだと思いますか?
そこには、子ども特有の「体の構造」という、どうしても避けられない理由があるんです。
1. 子どもの喉は「漏斗(じょうご)」の形
大人の喉は土管のような円筒形に近いんですが、赤ちゃんの喉は、理科の実験で使う「漏斗(じょうご)」のように、下に行くほど狭くなっています。その一番狭い場所が、ちょうど腫れやすい場所なんです。
2. 逃げ場のない「指輪」
その狭い場所には、輪状軟骨(りんじょうなんこつ)という、指輪のような硬い軟骨があります。
これが厄介なんです。内側の粘膜が炎症で腫れたとき、外側には硬い軟骨があって広がれない。つまり、腫れた分だけ、内側の空気の通り道がギューッと狭くなるしか逃げ場がないのです。
3. ストローの法則(ポアズイユの法則)
ここで少しだけ物理の話をしますね。ポアズイユの法則という難しい名前の法則があるんですが、要するに「パイプの太さが半分になると、空気の流れにくさは16倍になる」というルールです。
大人の太い気管なら、1mmくらい腫れても「なんか喉がイガイガするな」で済みます。
でも、もともと4mmくらいしかない2歳児の気管が1mm腫れたらどうなるでしょう?通り道はあっという間に半分以下になり、呼吸をするのにものすごい力が必要になってしまうんです。
これが、あの苦しそうな「アザラシのような咳」や「ヒューヒューいう呼吸(喘鳴)」の正体です。
クループの治療に使われるステロイドは安全?
さて、ここからが今日一番伝えたいことです。
このクループ症候群、特効薬があります。「デキサメタゾン」というステロイドのお薬です。
「えっ、ステロイド? 副作用が怖いし、子どもに使いたくない…」
そう思ったお母さん、お父さん。その気持ち、痛いほどわかります。ネットで検索すると、ステロイドの副作用として「顔が丸くなる(ムーンフェイス)」「背が伸びなくなる」「免疫が落ちる」なんて怖い言葉がたくさん出てきますからね。
安心してください。クループで使うステロイドは、全く別物と考えていいんです。
「お塩」で例えてみましょう
料理にお塩を使いますよね?
毎日毎日、山盛りの塩を食べ続けたらどうなりますか?高血圧になったり、体を壊しますよね。これは、腎臓の病気(ネフローゼ症候群など)で、数ヶ月間毎日ステロイドを飲み続ける状態に似ています。この場合は、確かに副作用に注意が必要です。
でも、料理の仕上げに「ひとつまみ」だけ塩を入れるのはどうでしょう?
味が引き締まって美味しくなりますが、その一回だけで高血圧になったりしませんよね?
クループの治療で使うステロイドは、まさにこの「たった一回のひとつまみ」なんです。
多くの場合は1日飲むだけ。多くても数日だけです。
この量と回数で、顔が丸くなったり、背が止まったりすることは、医学的にまずあり得ません。
むしろ、この「ひとつまみの魔法」を使わずに、喉が塞がりそうな苦しい状態を続けるほうが、お子さんの体にとってはよっぽど大きな負担になってしまいます。だから私たちは、自信を持ってこのお薬をお勧めするのです。
ご家庭で気をつけること
もし、夜中に突然お子さんが「オォー!オォー!」と咳き込み始めたら。
まずは慌てないでください(親の不安は子どもに伝染します!)。
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抱っこして落ち着かせる
泣くと余計に喉が狭くなります。まずは縦抱きにして、背中をトントンしてあげてください。 -
湿度を保つ
加湿器があればつけましょう。なければ、お風呂場にお湯をためて、湯気の中で抱っこするのも昔ながらの知恵です(医学的な証拠は弱いですが、お子さんが落ち着くことが多いです)。 -
こんな時はすぐに病院へ
- 息を吸うたびに胸がペコペコ凹む。
- 顔色が悪い。
- 横になると苦しがる(座ると楽になる)。
- ヨダレが飲み込めない。
最後に
クループ症候群は、子どもが成長する過程で出くわす「通過儀礼」のようなものかもしれません。
3歳、5歳と大きくなれば、喉も太くなり、カゼをひいてもクループになることはほとんどなくなります。
夜中にあの咳を聞くと、心臓が止まるほど驚くかもしれませんが、私たち小児科医がついています。そして、安全でよく効くお薬もあります。
「あれ?変な咳だな」と思ったら、迷わずユアクリニックお茶の水にご相談ください。
あ、そうそう。あの時の救急外来の男の子ですが、お薬のネブライザー吸入後(救急外来ではよくあります)には嘘のようにスヤスヤと眠り、安心したお母様と帰っていきました。子どもの回復力って、本当にすごいものです。
