漢方での咳の治療について
百日咳が猛威をふるっています。
これ、なかなか咳止めが効かない。
なので漢方薬達にも協力してもらって咳をとめて少しでも眠れるように、少しでも息苦しさが減らせるようにお手伝いしています。
わたしがよく参照しているのは、小児東洋医学会でお世話になった崎山先生の教えです。
風邪の治療そのものとは違いますが、咳という症状にアプローチするとしたら、というひとつの方法です。ただし、EBMに乏しいというのが現状ですので歴史からの経験に学ぶというところです。
I. 喘息発作を伴う場合
- 「麻黄」と「杏仁」を含む薬が基本的な選択肢です。
- 体力があり、病気の勢いが強い(実証)場合:
- 越婢加半夏湯(えっぴかはんげとう): 咳で息が上がり、目の周りが腫れぼったい場合。
- 麻黄湯(まおうとう): 体の節々が痛み、汗が出そうで出ない感じがする場合。(麻黄石膏湯よりも熱っぽさが少ない場合)
- 麻黄石膏湯(まおうせっこうとう): 汗が出て、体に強い熱感がある場合。
- 小青竜湯(しょうせいりゅうとう): 胸のつかえ感があり、息苦しさを伴う咳の場合。
- 桂枝厚朴杏仁湯(けいしこうぼくきょうにんとう): 犬が吠えるような「ケンケン」という乾いた咳の場合。
- 体力が低下している(虚証)場合:
- 桂枝加厚朴杏仁湯(けいしかこうぼくきょうにんとう): 喘息のような症状、胸の痛み、息が上がる感じがある場合。
- 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう): 胸が苦しく、みぞおちのあたりがつかえる感じがあり、脈が深く沈んでいる場合。
- 麻黄附子知母湯(まおうぶしちもとう): 寒がりで、体力が低下している場合。
- 苓甘姜味辛夏仁湯(りょうかんきょうみしんげにんとう): 体が弱っていて、「麻黄」を含む薬が合わない場合。
- 体力があり、病気の勢いが強い(実証)場合:
II. 喘息発作を伴わない場合
- 初期の咳: 麻黄剤(まおうざい)
- 咳が長引いている(慢性化)場合:
- 乾いた咳の場合:
- ※体を潤す薬: (「地黄」や「麦門冬」を含むもの)
- 痰が絡む湿った咳の場合:
- 痰がなかなか切れない: 体を潤す薬を多めに使う。
- 痰が比較的切れやすい:
- 麦門冬湯(ばくもんどうとう):
- 症状: 呼吸が苦しく、咳で息が上がり、痰を上に出しにくい、のどや口が乾燥するような咳。
- 温肺湯(おんぱいとう):
- 症状: 痰が多く、特に朝方に咳とともに痰を吐き出すことが多い湿った咳。
- 滋陰降火湯(じいんこうかとう):
- 症状: 特に夜間に咳がひどくなる場合。
- 麦門冬湯(ばくもんどうとう):
- 乾いた咳の場合:
III. その他の特別な状況
- 麦門冬湯(ばくもんどうとう): 呼吸が苦しく、咳で息が上がり、痰を上に出しにくい、そして乾燥感を伴う咳に使われます。
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう): 喘息のような症状の緩和や、気分がふさぎ込んだり、のどに何か詰まっているような「梅核気(ばいかくき)」と呼ばれる不快感がある場合に用いられます。
- 具体例: 「胸が重苦しく、みぞおちのあたりが激しくつかえる感じがして、のどに紙くずが貼り付いているような異物感がある。」(これは過去の診断記録からの一例です。)
※「体を潤す薬」とは?
漢方では、体の潤いや水分が足りなくなって、乾燥している状態を「体がカサカサ(陰虚:いんきょ)」になった、と表現します。地黄や麦門冬は、このカサカサを改善して、体に潤いを与える「潤い補充薬」のようなものです。
具体的にどんな医療用漢方薬があるか見てみましょう。
1. 麦門冬(ばくもんどう)が入っている薬
麦門冬は、特に肺や胃(消化器)の乾燥を潤すのが得意で、咳や喉の渇き、痰が切れにくいといった症状によく使われます。
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麦門冬湯(ばくもんどうとう)
- 得意な症状: 乾いた咳、痰がネバネバしてなかなか出ない咳、喉がカラカラに渇く、声がかすれる、といった症状に一番よく使われます。風邪の後に咳だけが残って、しつこく続く場合などにも使われますよ。
- ポイント: 痰が多い場合や、水っぽいサラサラした痰が出る場合には、あまり向いていません。乾いた症状向けです。
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清心蓮子飲(せいしんれんしいん)
- 得意な症状: おしっこが近い、おしっこが出にくい、残った感じがする、といったおしっこの悩みに使われます。同時に、口が渇いたり、なんとなく落ち着かない、ドキドキする、眠れないといった気持ちの不調がある場合にも使われます。麦門冬が体全体を潤す役割を果たします。
2. 地黄(じおう)が入っている薬
地黄は、特に「腎(じん)」という、体全体のエネルギーや成長・老化、水分バランスなどを司る部分(漢方での考え方です)を潤すのが得意で、足腰の調子が悪かったり、体がだるかったり、口が渇いたりする症状に幅広く使われます。加工した「熟地黄(じゅくじおう)」は特に潤い補給と体を元気にする力が強く、生のままの「生地黄(しょうじおう)」は体にこもった熱を冷ます力もあります。
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八味地黄丸(はちみじおうがん)
- 得意な症状: 加齢によって出てくる様々な体の不調(足腰の痛みやしびれ、おしっこが近い、夜中に何度も起きる、目がかすむ、おしっこが出にくいなど)に使われる代表的な薬です。体を温める成分も入っているので、乾燥しているのに冷えも感じる場合に特に向いています。
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六味丸(ろくみがん)
- 得意な症状: 八味地黄丸から体を温める成分を抜いた薬です。そのため、体にこもった熱(微熱、ほてり、寝汗など)が原因で口が渇いたり、空咳が出たり、めまいがしたり、足腰が痛んだりする場合によく使われます。体を冷ます成分が多く、潤いを与えつつ熱を冷ますのに適しています。
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滋陰降火湯(じいんこうかとう)
- 得意な症状: 体が乾燥して熱を持つ(微熱、寝汗、口や喉の渇き、乾いた咳など)場合に効きます。特に、肺や「腎」が乾燥して弱っていることによる長引く咳、声枯れ、病気で体力が落ちた後などに使われます。
- ポイント: 麦門冬も入っているので、乾燥と熱の両方にアプローチできます。
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清肺湯(せいはいとう)
- 得意な症状: 長引く気管支炎や喘息で、痰がたくさん出て息苦しい場合に効果があります。地黄や麦門冬で肺を潤しながら、体にこもった熱を冷まし、痰を出しやすくする作用があります。
薬を選ぶときのポイント!
これらの薬を選ぶ際には、医師が以下のことを考えて決めることが多いのです。
- どこがどれくらい乾燥しているか: 喉だけ?それとも全身?
- 熱っぽさがあるか: ほてりや微熱、寝汗などがあるか?
- 痰が出るか、どんな痰か: 乾いた咳で痰が出ないのか、ネバネバした痰なのか、水っぽい痰なのか?
- 体力の状態: 元気があるか、それともかなり疲れているか?
- 他の症状: 動悸、不安、眠れないなど、他にどんな症状があるか?
このように、患者さんの体の状態を詳しく見て、一番合った漢方薬を選んでいるんですね。